SSブログ

「ニッポン人脈記」男と女の間には(3) [朝日新聞「男と女の間には」]

朝日新聞夕刊連載「ニッポン人脈記」男と女の間には(3)

2010年09月08日 (水)

第3回は、作家のなだいなださん(81)、元埼玉医科大学教授で形成外科医の原科孝雄先生(70)、そして精神科医の塚田攻先生(59)が登場。
虎井まさ衛さん(46)は、ちょっとだけ登場で、写真なし。

今回は、絵的に、とっても地味だなぁ(笑)

----------------------------

ニッポン 人脈記 男と女の間には(3)
3回.JPG

本当のしあわせって?
がらんとした法廷に、検事の冷たい声が響く。
「信じられないですな。あんな手術で、人間が、ほんとうのしあわせを、えられるなんて」

性転換手術で女になった証人は、あきれ顔の検事に言った。
「私のしあわせは、ほんもののしあわせじゃない、と言うのですか」

なだいなだ(81)の小説「クヮルテット」の一場面である。1969年に実際にあった裁判をもとに、なだはこの小説を書いた。

産婦人科医が男性に性転換手術を施し、当時の優生保護法違反に問われたもので、俗にブルーボーイ事件という。手術を受けたのは男娼で、そうした人たちはブルーボーイと呼ばれた。医師は有罪になった。

なだは精神科医でもある。この小説は、慶応大学の先輩で精神科医の高橋進に頼まれて書いた。裁判で鑑定人を務めた高橋が「切実な問題なのに注目されない」と持ち込んだのだ。

なだは裁判を傍聴し、証人や被告の医師に会った。証人は若く美しい女性としか見えず、医師は穏やかで手術の腕もある人だった。何より手術は医師が頼まれてしたことで、誰かに恨みを買ったわけでもない。

「本人が幸せと言うならいいじゃないの。ほじくり返して罪に問うのが疑問だった」
なだはそう振り返る。

----------------------------

判決は有罪だったが、画期的でもあった。手術前の調査や手続きが不十分だったとしながらも、性転換手術そのものについては「治療行為としての意義を認められつつある」とむしろ後押ししたのである。

ところが有罪という結論だけが広まり、性転換手術は違法だと避忌されるようになった。封印はそのまま二十数年も続く。

タブーを破ったのが、当時の埼玉医科大学で形成外科医をしていた原科孝雄(70)だ。きっかけを与えたのは、性転換手術を欲して原科を訪ねてきた一人の女性だった。

自分の体が嫌で仕方がない。高い声をかすれさせようと、のどに串を突き刺したこともある。女性は原科にそう訴えた。原科は、ある男性が事故で失ったペニスを再建したことがあり、女性はそこに望みを託していた。

海外で認められている手術が日本ではなぜいけないのか、実際に手術を受けた人はどんな思いでいるのか。原科は経験者ら5人を自宅に招き、話を聞いてみた。その一人で、米国で手術を受けて男の体になった虎井まさ衛(46)は言った。
「日本は暗黒時代ですよ」
「なんでも多様性」を信条としてきた原科は95年、埼玉医大倫理委員会に手術を申請する。
「患者は肉体の性と、頭脳の中のそれとの相違に苦しみ、自殺にまで追いやられる場合もある。暗黒時代とも言える。患者の福祉に役立つことを目的に女性―男性の性転換を行う」

----------------------------

倫理委員会は12回の審議を重ねた。心と体の性の不一致に七転八倒する人がいる、だが心は変えられない――。96年7月の答申は「体の方を変えて悩みを和らげるのが正当」だった。

日本精神神経学会で治療のガイドラインづくりが始まった。メンバーの塚田攻(59)は、ブルーボーイ事件の裁判で鑑定人だった高橋の弟子である。高橋は94年に亡くなった。塚田は、この分野を引き継ぐのは大変だと渋ったが、苦しんでいる人たちに「私たちはどうなるの」と引き留められていた。

97年、ついにガイドラインができる。「自分の性が不快で、反対の性への同一感が強い状態が続いている」などと精神科医2人が認めれば「性同一性障害」と診断することを定めた。苦痛を面接で和らげる精神療法と、体を変えるホルモン療法を施し、それでもだめなら手術する。
その初の手術は翌年、原科たちのチームによって実施された。ブルーボーイ事件から30年余り、その手術で念願をかなえたのは、かつて原科を訪ねてきた女性だった。

小説か「クヮルテット」で、性転換して何が幸せなものかと鼻で笑う検事に、証人はこう問い返してもいる。
「検事さん、じゃ、ほんとうのしあわせって、どんなものなのでしょう」

人の幸せとは何か。裁判で本当に争われたのはそこだったと、なだは思っている。
                      (渡辺周)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。