2005年7月6日(水)バンコクへ [バンコク日記2005]
2005年7月6日(水)小雨
8時半、起床。
朝食はいつもの通り。
午前中、講義。
昼過ぎ、仕事部屋に戻って、旅行の最終準備。
明日から、タイのバンコクで開催される「第1回 アジア クィア・スタディーズ国際学会-アジアにおけるセクシュアリティ、ジェンダーと人権- Sexualities, Genders, and Rights in Asia: The 1st International Conference of Asian Queer Studies」(7~9日)と、引き続いて同地で開かれるニューヨーク市立大学(City University of New York)レズビアン・ゲイスタディーズ・センター主催の「3th International Resource Network Meeting」(10~11日)にゲストとして参加して、12日朝に帰国の予定。
14時50分、品川発の成田エクスプレスで出発。
18時15分発、全日空(NH)0915便バンコク行は、約15分延発で離陸。
B767-300の機内は空いていた。乗客率は30%くらいか?
浜松-鹿児島-台北-ダナン(ベトナム)のコースで、巡航高度は10600m。
陸側は一面の雲海(梅雨前線?)。びっしりと綿を敷き詰めたようなモコモコ雲の上に澄んだ青空があり、そこに夕映した絹雲が刷毛ではいたように飛んでいる。そして雲海に夕日が沈むと、空の色はますます深くなり濃い群青色に変わっていった。
23時02分、バンコク国際空港に着陸。
リムジンタクシーでホテルへ。車は左側通行なので違和感はない。高速道路は、少し周囲が暗いだけで、日本とほぼ同じ感覚。ただ路面の継ぎ目の段差が少し荒いかも(こういくことで基本的な技術水準がわかる)。
市内に入ると、歩道に露店が多いのが目立つ。その一方で、日本でおなじみのスターバックス・カフェのネオンを2箇所見かけた。
スクンピット(Sukkumvit)通りの soi(路地の意味)11にあるアンバサダー(Ambasador)ホテルに到着。ややクラシカルな作りの大きく立派な構えのホテル。
ここまでは順調だった。
ところが、受入れ側の人が誰もいない。ロビーで待っているはずの菅沼勝彦氏が見当たらない。だいたいの到着時間は知らせておいたのに・・・・。
30分ほど待ったが姿を見せず、仕方なく不自由な英語でチェックインしようとしたら、なんと私の筆名、本名ともに予約リストにないという。
ホテルを間違えたのかと思ったが、ホテルマンは「Asian Queer Studies Conference の会場はここで間違いない」と言う。
困ってしまった。私の英語力ではこれ以上の交渉は無理なので、作戦を立て直そうと思案していたら、そこにどこかで見かけたような人が現れた。
昨年暮のシンポジウムでご一緒した金田智之氏(首都大学東京)だった。まさに救いの神、聞けば、金田氏もホテルの予約確認が届いていないとのことで、関係者を探しているとのこと。
時刻はすでに1時を過ぎている。これ以上待っても事態の改善は望めないので、金田氏と一緒に飛び入りで部屋を取ることにする。
幸い、細い路地をはさんだ別棟(タワー)の方に部屋を確保できた。
ところが部屋に案内されてビックリ! 広い次の間付きのセミスィートルームで大きなダブルベッド、ど~ん。
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↑ (写真1)良いお部屋なのは確かなのだけど・・・
金田氏が「僕はこっち(次の間)のソファーでいいですよ」と言ってくれたので、ダブルベッドの上掛けを渡して、お言葉に甘える。
なんとか寝る場所を確保できた。明日の準備を整えてベッドに横になったのは2時を過ぎていた。
それにしても菅沼氏はどうしたのだろう?
就寝、2時過ぎ(バンコク・アンバサダーホテル)。
8時半、起床。
朝食はいつもの通り。
午前中、講義。
昼過ぎ、仕事部屋に戻って、旅行の最終準備。
明日から、タイのバンコクで開催される「第1回 アジア クィア・スタディーズ国際学会-アジアにおけるセクシュアリティ、ジェンダーと人権- Sexualities, Genders, and Rights in Asia: The 1st International Conference of Asian Queer Studies」(7~9日)と、引き続いて同地で開かれるニューヨーク市立大学(City University of New York)レズビアン・ゲイスタディーズ・センター主催の「3th International Resource Network Meeting」(10~11日)にゲストとして参加して、12日朝に帰国の予定。
14時50分、品川発の成田エクスプレスで出発。
18時15分発、全日空(NH)0915便バンコク行は、約15分延発で離陸。
B767-300の機内は空いていた。乗客率は30%くらいか?
浜松-鹿児島-台北-ダナン(ベトナム)のコースで、巡航高度は10600m。
陸側は一面の雲海(梅雨前線?)。びっしりと綿を敷き詰めたようなモコモコ雲の上に澄んだ青空があり、そこに夕映した絹雲が刷毛ではいたように飛んでいる。そして雲海に夕日が沈むと、空の色はますます深くなり濃い群青色に変わっていった。
23時02分、バンコク国際空港に着陸。
リムジンタクシーでホテルへ。車は左側通行なので違和感はない。高速道路は、少し周囲が暗いだけで、日本とほぼ同じ感覚。ただ路面の継ぎ目の段差が少し荒いかも(こういくことで基本的な技術水準がわかる)。
市内に入ると、歩道に露店が多いのが目立つ。その一方で、日本でおなじみのスターバックス・カフェのネオンを2箇所見かけた。
スクンピット(Sukkumvit)通りの soi(路地の意味)11にあるアンバサダー(Ambasador)ホテルに到着。ややクラシカルな作りの大きく立派な構えのホテル。
ここまでは順調だった。
ところが、受入れ側の人が誰もいない。ロビーで待っているはずの菅沼勝彦氏が見当たらない。だいたいの到着時間は知らせておいたのに・・・・。
30分ほど待ったが姿を見せず、仕方なく不自由な英語でチェックインしようとしたら、なんと私の筆名、本名ともに予約リストにないという。
ホテルを間違えたのかと思ったが、ホテルマンは「Asian Queer Studies Conference の会場はここで間違いない」と言う。
困ってしまった。私の英語力ではこれ以上の交渉は無理なので、作戦を立て直そうと思案していたら、そこにどこかで見かけたような人が現れた。
昨年暮のシンポジウムでご一緒した金田智之氏(首都大学東京)だった。まさに救いの神、聞けば、金田氏もホテルの予約確認が届いていないとのことで、関係者を探しているとのこと。
時刻はすでに1時を過ぎている。これ以上待っても事態の改善は望めないので、金田氏と一緒に飛び入りで部屋を取ることにする。
幸い、細い路地をはさんだ別棟(タワー)の方に部屋を確保できた。
ところが部屋に案内されてビックリ! 広い次の間付きのセミスィートルームで大きなダブルベッド、ど~ん。
.jpg)
↑ (写真1)良いお部屋なのは確かなのだけど・・・
金田氏が「僕はこっち(次の間)のソファーでいいですよ」と言ってくれたので、ダブルベッドの上掛けを渡して、お言葉に甘える。
なんとか寝る場所を確保できた。明日の準備を整えてベッドに横になったのは2時を過ぎていた。
それにしても菅沼氏はどうしたのだろう?
就寝、2時過ぎ(バンコク・アンバサダーホテル)。
2015-07-03 02:49
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